背割堤の桜(2019年制作)
京都府・八幡市にある背割堤は、春になると約1.4kmにわたる桜並木が咲き誇る、全国的にも知られた桜の名所です。
この「背割堤の桜」の作品は、2016年に構想を始め、完成までに実に3年の歳月を要しました。
きっかけは、なかなか満足のいく写真が撮れなかったこと。
しかし2018年春、ようやく「これだ」と思える一枚に出会いました。ところがその年の秋、台風の被害によって背割堤の桜の約9割が損傷するという出来事が起こります。
私自身、この被害のことを最初は知りませんでした。
ただ、自分のタイミングで良い写真が撮れたことをきっかけに、翌年の春に作品として完成させました。
ちょうどその頃、背割堤を管理する淀川河川公園事務所より展示の依頼をいただき、「さくらであい館」にてフォト刺繍の初展示を行いました。(さくらであい館に関する詳細はこちらからご覧ください。)
この作品は、被害前の満開の背割堤を記録したものとなり、結果的に多くの方々の記憶と重なり、望まれる形で生まれた作品となりました。
その後、2020年・2021年と連続して個展を開催する流れにもつながり、私の創作活動の原点であり、背中を押してくれた存在とも言える一作です。
いくつもの偶然が重なって誕生したこの作品は、私の創作活動を大きく動かすきっかけとなりました。
制作仕様
- 制作年:2019年作
- サイズ:75㎝ × 95㎝
- 刺繍技法:2,743,359ステッチ・フォト刺繍
- 使用糸色数:52色
- 刺繍機 : TAJIMA TMFX-1502(1000X600)W
- 刺繍ソフト:DG16 , 刺しゅうPRO
技法について
フォト刺繍作品「背割堤の桜」は、技術的な観点から見ても、色彩表現が非常に難しかった作品です。
特に空の色合いの表現に苦労しました。春の霞んだ空の微妙なトーンを、まず画像編集の段階で丁寧に整える必要がありました。
桜の色もまた一筋縄ではいきません。淡いピンクに見えて、実際には単純なピンクではなく、白やグレーが混ざったような繊細な色合いです。全体の雰囲気を壊さないように、刺繍糸の選定には細心の注意を払いました。
桜に使用する糸についてはある程度イメージがありましたが、空との調和をどう取るかが大きな課題でした。フォト刺繍では、写真の色と完全に一致する糸は存在しないため、色の組み合わせには直感と経験が求められます。
この作品の制作は、結果的に私が掲げるテーマ「光を糸で表現する」という概念を、意図せず体験するきっかけとなりました。
糸で風景のグラデーションを表現することは非常に難しく、微妙な色の移り変わりを再現できる糸は限られています。
この作品で初めて直感的に糸を選ぶ感覚を体験しましたが、同じような感覚を持って糸を選べたのは、これまでの制作の中でもほんの数回しかありません。
この作品における糸の組み合わせは、「光を糸で表現する」というテーマを最も体現したものだと感じています。実際、この作品以降に制作した他の作品でも、空のグラデーションをこれほど自然に表現できたものはありません。
私はこの作品で得た体験をもう一度再現し、さらにこの作品を超えるものを作りたい。その想いが、今も私の創作活動を支えています。