フォト刺繍クリエーターと名乗るずっと前、私は「現存12天守」をすべてフォト刺繍で表現するという個人的なテーマに取り組んでいました。情報発信の一環として、自分なりに意味を込めた企画でもありました。
その制作中、最も悩んでいたのが「空」の表現です。
フォト刺繍の刺繍データは基本的にソフトウェアが自動生成してくれるのですが、空のような広く単調な部分は実はとても難しい。単色で埋めると、どうしてもステッチが崩れてムラが目立ってしまう。
フォト刺繍の刺繍データは自動的に生成されるので、こちらが意図する方向とは異なる向きにステッチが走ったり、部分的に流れが乱れてしまうことが多いのです。綺麗に縫い上げるためには、思い通りにステッチが流れるよう工夫する必要がありました。
当時の私なりの解決策は、画像を編集することでした。雲を足したり、空と建物を別々に処理して、あとから合成したり。そうやってステッチが目立たないよう工夫しながら、見た目に美しく仕上げることを優先していました。
ちょうど現存12天守のシリーズを終えたころ、次は何を作ろうかと考えていた時期に、偶然見かけた祇園・円山公園の枝垂れ桜のフリー画像を使って、桜の作品を試してみることにしました。
円山公園の枝垂桜のフォト刺繍
フリー画像は、構図も美しく、色もはっきりしていて、刺繍データにしやすい。そう信じていた私は、その写真をベースに画像編集を重ね、空を合成し、刺繍データを作成した後、フォト刺繍にしました。
一見、綺麗に仕上がったように見えました。
けれど今振り返ると、当時の私は「ステッチのムラさえなければ、それで良い」と考えていました。
空の色が春の空ではないことにも気づかず、桜の花の色も「ピンクに違いない」と思い込んでいたのです。
ところが実際にフォト刺繍として仕上がった作品をじっと眺めていると、その思い込みが少しずつ崩れていきました。
空はもっと淡く揺らぎ、桜の花の色も単純なピンクではなく、白や灰色、薄い紫など、複雑で繊細な色の重なりでできている——そう気づかされたのです。
この気づきには、フォト刺繍における最大の難しさ、そして醍醐味でもある「糸の色選び」の本質が詰まっています。
ですがそれをすべて語るには、この1記事では足りません。
この時の経験が、私にとって本当の意味で“フォト刺繍を始めた瞬間”だったのかもしれません。
正直に言うと、私は画像編集を前提にフォト刺繍を作ることに抵抗があります。
完成した作品が綺麗に見えたとしても、そこに自分自身の感動や実感がなければ、私はその作品について何も語れない。没入感も感動も湧かないのです。
フォト刺繍は、元の画像を刺繍で再現する技術です。
しかし私は、それだけでは終わらせたくない。
見る人が、その作品を通じて何か静かな記憶や感情を思い出せるような、そんな作品を「意図して」生み出したい。
それが、私がフォト刺繍で目指していることです。
円山公園の枝垂れ桜には、それが感じられなかった。
その時の違和感と技術的課題の両方が、
「次に桜の作品を作るなら、自分の感動を通して生まれる桜にしたい」
──そう思わせてくれました。
そして、その答えが「背割堤の桜」だったのです。